東京地方裁判所 昭和50年(ワ)10697号 判決 1978年1月24日
原告 日本住宅公団
右代表者理事 福島茂
右訴訟代理人弁護士 大橋弘利
右訴訟代理人日本住宅公団職員 上ケ平武士
<ほか二名>
被告 田村正夫
被告 田村賢
右両名訴訟代理人弁護士 佐々木秀典
同 菅野兼吉
主文
一 被告らは原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明渡せ。
二 被告らは原告に対し、昭和五〇年一〇月一日から前項明渡済みまで、被告田村正夫において一か月金三万五一五〇円(ただし、内金二万三四三〇円の限度で被告田村賢と連帯して)、被告田村賢において一か月金二万三四三〇円(ただし、前記のとおり被告田村正夫と連帯して)の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は被告らの負担とする。
五 この判決は、主文第二、四項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文第一項同旨
2 被告らは連帯して原告に対し、昭和五〇年一〇月一日から主文第一項の建物明渡済みまで、一か月三万五一五〇円の割合による金員を支払え。
3 主文第四項同旨
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和四三年五月七日被告田村正夫に対し、原告所有にかかる別紙物件目録の建物(以下「本件建物」という。)を次の約定の下に賃貸して引渡した。
(一) 契約期間は同月一五日から一年間とし、当事者双方又は一方から何らの申出がなければ同一条件で一年間更新されたものとし、以後も同様とする。
(二) 家賃は一か月二万二一〇〇円、共益費は一か月一三三〇円とする(以下、両者を合せて「家賃等」という。)。
(三) 被告正夫が本件建物の全部又は一部を転貸しもしくは賃借権を譲渡し又は他の住宅と交換すること及び名目のいかんを問わず右各行為に類する行為をしたときには、原告は催告せずにこの契約を解除し、又は、この契約の更新を拒絶することができる。
(四) 同被告が契約終了日までに本件建物を明渡さないときには、契約終了日の翌日から明渡の日まで家賃等相当額の一・五倍の金額を原告に支払う。
2 被告正夫は、遅くとも昭和五〇年七月二二日以前に、被告賢に対し本件建物を転貸し、被告賢は右同日以降本件建物を占有している。
3 そこで、原告は被告正夫に対し、前記1(三)の約定により、昭和五〇年八月一日到達の書面で本件建物の賃貸借を解除する意思表示をした。
4 原告は被告賢に対しても本件建物と同一種類の東京都江東区大島四丁目一番地、大島四丁目団地第三号棟第一〇三七号室(以下「大島住宅」という。)を同様の約定の下に賃貸しているから、同被告は前記1(四)の約定を知悉していたし、また同被告は本件建物解除後の昭和五〇年八月分、九月分として家賃等の一・五倍にあたる三万五一五〇円を支払っているから、同被告も右約定を承認したものというべきである。
5 よって、原告は被告正夫に対し、本件建物の賃貸借の解除に基づき、被告賢に対し本件建物所有権に基づき、それぞれ本件建物の明渡と、昭和五〇年一〇月一日から右明渡済みまで一か月三万五一五〇円の割合による約定損害金の連帯支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実のうち、(三)、(四)の約定の成立を否認し、その余は認める。
2 同2の事実のうち、被告賢が昭和五〇年一〇月一日以降本件建物を占有していることは認めるが、その余の事実は否認する。被告賢は被告正夫の同居人として本件建物に居住するに至った。
3 同3の事実は認める。
4 同4の事実のうち、被告賢が原告から大島住宅を賃借していたことは認めるが、その余の事実は否認する。
三 被告らの抗弁
仮に、原告主張の転貸があるとしても、被告賢は被告正夫の賃借権の範囲内で右転借をするものであるところ、右転貸借には次のような背信行為と認めるに足りない特段の事情があるから原告のなした本件賃貸借の解除は無効である。
(一) 被告らは実親子であり、被告らはかつて本件建物に同居していたことがあり、原告もこれを知悉していた。
(二) 被告賢とその家族は、子供の幼稚園入園等の事情から本件建物に居住することがその生活上便宜となったため、被告正夫賃借の本件建物と、被告賢が昭和四四年から自己名義で原告から賃借していた前記大島住宅を被告両名の間で交換することとし、その承認を原告に求めた。
(三) 右転貸借によって原告には何らの不利益も生じない。
四 被告らの抗弁に対する認否等
1 被告らの抗弁のうち冒頭の主張は争う。同(一)の事実のうち、被告らが実親子であることは認めるが、その余は否認する。同(二)の事実のうち、被告らが原告に対し、被告ら主張の交換の承認を求めたことは否認し、その余は不知。同(三)の事実は争う。
2 原告は、住宅に困窮する勤労者のために住宅の建設賃貸その他の管理及び譲渡を行うことを業務とする公法人であって公共的性格が強いため、原告との賃貸借においては、その契約の解釈適用について公益性を優先させる必要があるところ、本件賃貸借契約においては、賃借権の譲渡又は転貸について賃貸人の承諾を条件とすることも排除され、更に類似行為一切が禁止されているのであって、このことは賃貸借において賃借人の募集及び資格が重要な要素をなしていることを示しているのであるから右条項も厳格に解釈されるべきである。
3 被告らは親子であるにせよ、それぞれ別の世帯家族関係を構成しており、被告賢が単なる同居人といえないことは被告らも自認しながら、被告賢において本件建物に入居した。
4 被告正夫は東京都住宅協会住宅を賃借していたのであるから住宅困窮者ではなく、本件建物に入居する資格すらないし、被告賢も大島住宅を賃借していたところ、全く自らの契約違反により賃借人の地位を失ったのであるから、本件建物の賃貸借の解除の無効を主張する利益は全くない。
5 原告の本件建物賃貸借解除後の滞納賃料及び損害金の請求に対し、被告らは昭和五〇年七月分から九月分として各三万五一五〇円を支払ったのであるから、被告らはいずれも右解除を承認していた。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1の事実は、(三)及び(四)の約定の存否を除いて当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば右(三)及び(四)の約定の存したことが認められ、これに反する証拠はない。
また、被告賢が昭和五〇年一〇月一日以降本件建物を占有していること及び原告が被告正夫に対し、昭和五〇年八月一日到達の書面により、本件建物の被告賢に対する転貸を理由として本件建物の賃貸借契約を解除する意思表示をなしたことは当事者間に争いがない。
二 そこで、被告正夫から被告賢への本件建物の転貸の有無につき判断するに、《証拠省略》によれば、
1 被告正夫は本件建物の入居申込に際し、入居予定者として被告正夫本人のほか、その長女京子及び次男晃を申告していたこと。
2 しかしながら、被告正夫の長男である被告賢から、その妻節子が姙娠したので本件建物に同居させてほしいとの希望があったため、賃借当初の昭和四三年五月本件建物へは被告正夫しか入居せず、その後二、三か月して右被告賢夫妻が同居するに至ったが、右同居に際し原告に対して同居申請の手続はしなかったこと。
3 被告賢夫妻の右同居の後、被告正夫は以前居住していた同被告の肩書住所地(以下「東大久保住宅」という。)に戻ったため、同被告は結局、本件建物には三、四か月しか居住せず、以後は被告賢夫妻だけが居住しているにもかかわらず、被告賢への名義変更手続はなされていないこと。以上の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はなく、右事実によれば、本件建物について被告正夫が賃借当初の昭和四三年五月入居し、三、四か月後に転出したときに被告正夫から被告賢への転貸借が成立したというべきである。
三 次に、被告正夫から被告賢への右転貸の背信性につき検討するに、被告両名が実親子であることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、
1 被告賢は前記二認定の経緯で本件建物に入居後、昭和四四年原告の大島住宅への入居を申込み(実際の手続は被告正夫がなした。)、その入居が認められたものの、被告賢夫妻は子供の幼稚園関係や大島住宅付近の六価クロムの問題などのため右住宅には入居せず、被告賢の代りに被告正夫の離婚した妻(被告賢の母)である松本ミキとその従妹を名義は被告賢としたまま入居させ、被告賢夫妻は依然として本件建物に居住し続けていたこと。
2 本件建物と大島住宅についての右のような不正入居が原告に明らかになるに及び、原告は、右両建物の賃貸借契約を解除したが、その前後にわたり、右不正入居解決のため再三被告らと交渉し、被告らに対し本件建物の明渡と被告賢の大島住宅への移転を求めたのに対し、被告らは大島住宅を返還するから本件建物について被告賢への名義変更をしてほしい旨主張して話合がつかない状態でいたところ、大島住宅について昭和五〇年一一月ころ前記松本らの留守中に原告により鍵のつけ替えがなされたため、被告賢は事実上大島住宅を明渡した状態となったこと。
が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
以上の事実と前記二認定の本件建物の転貸の経緯を考え合せ、更に、公益性の強い公団住宅の賃貸借関係であることを考慮すると、本件建物の転貸には未だ背信行為と認めるに足りない特段の事情が存するとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠がない。
四 使用損害金について判断するに、被告賢の本件建物不正入居に基づく損害賠償については、本件建物につき原告と契約関係に立たない同被告が本件建物の賃貸借契約の契約条項に基づいて賠償義務を負ういわれはなく、原告の請求原因4の主張は主張自体失当というべく、従って、原告の同被告に対する損害賠償請求は、一か月二万三四三〇円の家賃等相当額を超える部分は失当というべきである。
五 以上の次第であるから、原告の被告らに対する本訴請求は、被告らに対し本件建物の明渡と、昭和五〇年一〇月一日から右明渡済みまで、被告正夫において一か月金三万五一五〇円(うち二万三四三〇円につき被告賢と連帯)、被告賢において一か月二万三四三〇円(右のとおり被告正夫と連帯)の割合による損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して(ただし、建物明渡請求の仮執行宣言は相当でないから、これを付さない。)、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 平田孝 裁判官 古屋紘昭 裁判官荒井勉は職務代行を解かれたため署名捺印することができない。裁判長裁判官 平田孝)
<以下省略>